本物と偽物の真珠
本物と偽物の真珠2023 01 13

珍重される真珠

真珠は日本人にとって身近な素材である。日本は真珠の産地である上、世界的に有名な日本の真珠ブランドも存在する。真珠には天然と養殖のものがあり、それぞれの形成方法は異なるが、貝の中に現れる不思議な素材だ。昔から日本人は真珠を「貝の中に月のしずくが宿った」や「人魚の涙を貝が飲み込んだ」と考えたり、古代ギリシャ人は、海に雷が落ちて真珠ができると信じていたのも納得できる。

古代ローマでは貴族階級の人々のみが真珠を身につけることを許されていたため、真珠は非常に希少価値の高い素材とされていた。また政治家、軍人また文人としても評価されてきたユリウス・カエサルは真珠の信奉者とも言われ、イギリス産の真珠欲しさ故にイギリス侵略に踏み切ったと噂されるほどだったそうだ。シルクのような光沢を持つうつくしい球体は、最高地位の象徴とされ、非常に貴重なものであったことが伺える。

そもそも真珠が形成される理由は、貝の中に砂や虫などの異物が入ることから始まり、その異物が吐き出されずに長い間貝殻の体内にとどまることで、真珠の中心部分の核となるからだ。貝殻と貝殻を作る成分を分泌する外套膜の間に異物が入り込むと、刺激され真珠袋になる。その真珠袋の内側で外套膜の分泌液が出ることにより、長い時間をかけてその異物を何層にも包み込み、やがて天然の真珠は誕生する。よって、全ての貝に真珠が入っている訳でもなく、入っていても形はいびつなものがほとんどのため、真珠の価格や希少性はその形状や大きさによって決まるという。天然真珠と同じ仕組みを利用し、作られるようになったのが養殖真珠であり、核となる部分に人工的に異物を入れることで、貝がその核に真珠層をコーティングすることを促すそうだ。ちなみに、ミキモトの創業者の御木本幸吉氏は、世界で初めて養殖真珠を作ることに成功したパイオニアである。



人工真珠とは

一方で、真珠に似せて人の手で作られた人工真珠もこの世には存在し、それらはイミテーションパールやフェイクパールとも呼ばれる。起源は諸説あるが、17世紀にフランスでロザリオ(カトリック教会で祈りを唱えるときに使う数珠状の道具)の製造業者が作ったものが世界初とされている。現在のように養殖真珠の技術がその時代は発展していなかったため、庶民には到底手に入れることのできなかった天然真珠に変わる代替品として人気を博していったそうだ。当時のイミテーションパールは、淡水魚の鱗から抽出された「魚鱗箔(ぎょりんぱく)」と呼ばれるパール塗料を中空のガラス球内面に塗り、ロウソクの原料の白蝋を詰めたものであったという。魚鱗箔は「pearl essence (パール エッセンス)」という名称で呼ばれ、魚鱗を水と攪拌し、どろどろの状態のものを遠心分離機にかけて不純物を取り除き完成させる。約1kgの魚鱗箔を作るためには4万尾の魚を必要とし、わざわざ鱗のためだけに養殖されたというので、相当な労力であることが伺える。

日本では、ヨーロッパのように真珠を宝飾品として使う文化が元々なかったこともあり、本格的にイミテーションパールが使用され始めたのは、文明開化に伴い、西洋文化が多く取り入れられるようになった明治になってからだ。明治末期頃に光珠商で、貿易商でもあった大井徳次郎氏により、ガラス玉に太刀魚の鱗でできた魚鱗箔を塗装する方法が、日本におけるイミテーションパールの生産の始まりだそうだ。その後、ガラス玉に塗装する以外の方法で作られた貝パール 、コットンパールやプラスチックパールなどの他、様々なイミテーションパールが盛んに生産されるようになる。

コットンパール

基本的に塗装するという工程自体は、どのイミテーションパールにおいても変わらないが、例を挙げると、貝パールは天然の貝殻でできた原珠に、パール塗料を施して作られる。その原珠には、養殖真珠でも使われる同じ天然貝核が使われていることから、養殖真珠と同様の適度な重みがあり、他のイミテーションパールと比べて、見た目が自然だという。一方でコットンパールは、圧縮形成したコットンにパール塗装を施した日本発のイミテーションパールである。戦後に日本で製造が始まり、安く量産できるプラスチックパールの台頭で一時衰退したそうだが、2000年代後半にデッドストックからまた人気に火がつき、今また定着したイミテーションパールだそうだ。その表面は、綿の繊維による細かなテクスチャーとコットン独特の温かみのある質感がある。他にも特徴としてとても軽く、その軽さを生かしたボリューム感のあるデザインのアクセサリー材料に適している。



イミテーション素材の価値

コットンパールしかり、イミテーションパールでも価値がついてくる事例があるように、本物と偽物を比べた時に一概に本物の方が価値が高いとは言えないのは大変興味深い。そのような物の価値の付け方を軸に、日本とオランダを拠点に活動する本多沙映(ほんだ さえ)さんというジュエリー作家がいる。自然と人工物の境界線が曖昧になりつつある現代を俯瞰で見つめながら、独特の視点とアプローチで、既存の価値体系について問いかける作品を発表している。

彼女の作品「Tears of the Manmade」は、職人の技術や思いがつまった硝子パールを使い制作されている作品だ。使用される硝子パールは、人造真珠製造に100年以上もの歴史をもつ大阪府和泉市の職人によって一つ一つ手加工で作られている。天然真珠の俗称が「Tears of the Mermaid (人魚の涙)」であれば、「Tears of the Manmade」は “人間の手がつくりだした涙”と言えるだろう。

Image courtesy of Sae Honda

この作品において、本多さんはフェイクを作るクラフトに焦点を当て、人工だからこそできるユニークな形を探求し、人の手の痕跡があえて伝わるようなデザインを意識して、制作している。イミテーションパールのクラフツマンシップが模倣という言葉の影にかくれてしまわないように、新しい価値をかたちにしている作品だ。

Image courtesy of Sae Honda - Tears of the Manmade (2021)

もちろん真珠以外にも、ジュエリーや宝石の世界ではあらゆる人工素材が生み出され、それぞれが新たな価値を作っている。例えば、アンティークジュエリーにおいて、カットスチールと呼ばれる鉄素材はダイヤモンドの代替品として、その輝きを模して作られたものである。磨いた鉄を鋲状にし、ひとつずつ職人の手によってカットが施され、それをぎっしりとプレートの上に敷き詰めて作られる。元々は代替として作られたものだが、1700年代に製作され始めてからジョージアンからヴィクトリアン時代にかけて最も人気が高く、1920年代頃まで多くのジュエリーや装飾品に用いられた。”本物”ではない、イミテーション素材として開発されたものが、独自の価値をつくりだしたのだ。これから世の中がさらに多様化していく中で、人工素材が作る新たな価値も大きな広がりを見せるのではないかと強く思う。今はまだ想像もしない素材が、先の未来では希少価値がつく素材になっているかもしれない。