ファッションブランドとビジョン
ファッションブランドとビジョン2023 03 27

プラダの存在

2006年に「プラダを着た悪魔」という映画が公開され、全世界で一躍話題になってから既に20年近くの時間が経つ。アメリカ、ニューヨークを舞台に一流ファッション誌の編集部で働くことになった女性が、悪魔のような上司に振り回されながらも奮闘し、成長していく姿をアメリカ人女優Anne Hathaway (アン ハサウェイ)とMeryl Streep (メリル ストリープ)が共演し制作されたヒット作だ。 ファッション業界の現実を面白おかしく描写したこの作品は、米Vogueの編集長Anna Wintour (アナ ウィンター)の元編集アシスタントである作家Lauren Weisburger(ローレン ワイズバーガー)の実体験を元に書かれた本が原作であり、今でも観られ続けている映画の一つではないかと思う。また、映画のタイトルにもなったイタリアを代表するラグジュアリーブランド、Prada (プラダ)の存在を多くの人が知っているのではないだろうか。

Pradaといえば、高級ファッションブランドというイメージが強いが、そもそもPradaは人の苗字である。1913年にMario Prada(マリオ・プラダ) とMartino Prada(マルティーノ・プラダ)兄弟がミラノに高級旅行用品や小物の専門店を開業したことにより始まり、1919年には上質な素材と洗練された職人技で、早くもイタリア王室御用達ブランドになる。その後、70年代後半から今に至るまで長らくブランドを引率してきたのが、MarioとMartinoの孫娘にあたる、現デザイナーのMiuccia Prada(ミウッチャ プラダ)だ。彼女の現代的で革新的な素材使いやデザインの斬新さ、そして伝統や歴史とのみごとな調和を体現したデザインは世界中で評価され、今やMiuccia Pradaはブランドの顔である。

Prada1号店があるミラノのヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアの通り

そのMiuccia Prada本人が、自分の幼少期の愛称をつけて1993年にプラダグループから誕生したブランドがMiu Miu(ミュウミュウ)だ。Pradaの姉妹ブランドとして、より幅広い年齢層をターゲットに、少女性と上品さを兼ね備えたルックを生み出すMiu Miuは、ここ最近群を抜いて素晴らしいコレクションを発表していると個人的には思う。毎シーズン、パリでランウェイショーを開催し、今月頭に開催されたパリコレでも最新コレクションを発表したばかりだ。



コレクションとランウェイ

最新シーズンの2023-2024年秋冬テーマは「Ways of Looking (物事の見方)」であり、観察という行為に焦点が当てられ、ショーが構成されていた。会場のランウェイの上部には所々モニターが設置され、女性が洋服をテーブルに置いたり、洋服に触れる手を映した映像が流れていたのだが、これはショーの事前告知の動画としても使用されていた、韓国人アーティストGeumhyung Jeong (ジョン・グムヒョン)とのコラボレーションによる映像作品だ。パフォーマンスアート、インスタレーションや映像を中心に活動する彼女は、コンテンポラリーダンスやビジュアルアートとテクノロジーを融合させた作品を通して、人間の身体が周辺環境を変える力や、身体とそれを取り巻くモノの関係を模索する作品を発表している。このMiu Miuのために制作された動画で彼女は、身体とモノとの相互作用の過程で、いかに人間の身の回りのものが私たちの動きを創り出し、私たちの体のためにデザインされているかを表現しているそうだ。コレクションのコンセプトに伴ったアーティストの起用にもブランドのセンスが感じられる。

今シーズンのコレクションのルック自体はとても落ち着きがあり、ウェアラブルなアイテムが多くあるように見受けられたが、カーディガンをストッキングの中に挟んでいたり、ボトムスはパンツ一枚だったり、洗練されたルックながらもユーモアに富んでいた。透ける素材を重ね合うレイヤリング術や全体のカラースキームと素材の使い方のバランスは、コレクションに一層奥行きを与え、家を慌てて飛び出してきたかのようにあえて少し乱れたモデルのヘアメイクも、ありのままの女性像を映し出しているかのようだ。

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Miuccia Prada (ミウッチャ プラダ)
Miu Miu Runway - Paris Fashion Week - Womenswear Spring Summer 2020



ブランドとディレクション

Miu Miuには2020年よりスタイリングコンサルタントとして、ロシア人スタイリストのLotta Volkova(ロッタ ボルコヴァ)がショーやビジュアルキャンペーンのディレクションに参加しているのだが、彼女が加わって以来、さらにブランドに勢いがついたと感じる。今となってはファッション業界ではその名を知らない人は少ないLottaだが、元々ロンドンの美大でファッションデザインを専攻し、自身で立ち上げたファッションブランド、LottaSkeletrix (ロッタスケレトリクス)のデザイナーをしていた過去もあるユニークな経歴の持ち主だ。ポストパンクにインスパイアされた奇抜なデザインの洋服は、ロンドンのリテーラーDover Street Market (ドーバー ストリート マーケット)などを当時卸先に持っていた。しかし、彼女はブランドを長くは続けず、拠点をパリへと移してスタイリングに専念するようになると共に、たちまち業界をリードする数々のファッション誌でスタイリングを担当するようになる。

そんな彼女の名が世にさらに知られるようになったきっかけは、2014年に設立されたファッションブランドVetements (ヴェトモン)の影響が大きい。Vetementsは、ラグジュアリーブランドBalenciaga(バレンシアガ)の現クリエイティブディレクターのDemna Gvasalia(デムナ ヴァザリア)が立ち上げたファッションブランドであり、Demnaが退任した今も続くブランドだ。パリのファッション界で急成長を遂げたVetementsの立役者の一人として、ブランドの専属スタイリストとなり、スタイリングだけではなく、コレクション全体のコンサルティングやショーのモデルのキャスティングにも関わり一世を風靡した。後には、Demna率いるBalenciagaのスタイリストとしても貢献している。日本でも以前よりVetementsやBalenciagaを着る多くの若者が街中に増えたと感じているが、それは彼女の影響も必ずあるはずだ。

VetementsやBalenciaga以外にも色々なブランドのスタイリングやコンサルティングをして功績を残しているLottaだが、数年前に彼女がMiu Miuのスタイリストとして起用されたと聞いた時は久々に胸が高まった。ファッションブランドの見え方を大きく左右するスタイリングをLottaに託したという点において、Miuccia Pradaが彼女の才能に期待するのを感じたと共に、Miu Miuをどのようなブランドに成長させていきたいか、明確なビジョンも感じられる。Miu Miuのスタイルとは異なるストリート感の強いスタイリングも多く提案しているLottaだが、Miu Miuのブランドの良さを保ちながら、より多くの感度の高い若者たちにもアプローチできるようなコレクションにアップデートされつつあると思う。

ラグジュアリーブランドだからこそ、作っている服やアクセサリーのデザインや質はもちろんのことではある。しかしそれだけでなく、スタイリングからキャンペーンビジュアル、ショーで流す動画など、全ての事柄において気が細かく行き届いているからこそ、唯一無二のコレクションが毎シーズン出来上がっているのだと強く実感するのだった。Miuccia Pradaのディレクションの元、進化し続けるMiu Miuの今後が楽しみだ。

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