多様化するミルク
多様化するミルク2022 07 23

様々な選択肢

去年まで長年ロンドンに住んでいたのだが、日本に帰ってきてからスーパーでの植物性ミルクの種類の少なさに驚きを隠せなかった。牛乳を飲むとお腹がゆるくなる自分にとって、代わりに好んで飲んでいたオーツミルクは日々の必需品だった。ただ体質に合わないからという理由で飲んでいた訳でもなく、単純にイギリスの市販の牛乳よりも美味しいと思ったので買っていた。私が飲んでいたブランドのオーツミルクは、牛乳と同じように低脂肪から普通の濃さのものまで商品ラインアップが豊富で、自分の好みや気分に合わせて選ぶこともできたのもよかった。そんなこともあり、帰国直後はスーパーで買い物をする度、選択肢の少なさにちょっぴり寂しい気持ちになったこともあった。

ここ最近ようやく日本のスーパーでも色々な種類の植物性ミルクを取り揃えているところが増えてきたなと思っていた矢先、ロンドンの友人から近頃ポテトミルクを毎日飲んでいていると聞き、一瞬耳を疑った。友人曰く、去年イギリスに本格的にポテトミルクが上陸したそうで、今では大手スーパーにも取り扱いがあるほど普通に出回っているらしい。今やイギリス人の3人に1人が植物性ミルクを飲むという統計が出ているので納得ではあるが、その時改めて海外での植物性ミルクの進化と浸透力に圧倒された。そして、ポテトミルクを興味本位で取り寄せてみたのである。

早速届いたポテトミルク、その名もDUG(ダグ)を開けてみると、スタイリッシュなパッケージで外見はポテトを全く連想させない。肝心な味はというと、ポテトのでんぷん質のもったり感はなく、甘さ強めのクリーミーなミルクであった。ポテトが原料と言われなければ分からないレベルである。種類もオリジナル、アンスウィーテンド(甘味がないもの)、バリスタ用と三種類あり、コーヒーにもバッチリ対応していた。詳しく調べてみると、DUGを立ち上げたのはスウェーデンに拠点を置くVeg of Lund(ベジ オブ ルンド)という会社であった。粉末タイプのポテトミルクは以前から存在したようだが、Veg of Lundがボトルに詰められたDUGを発表したことで一気にポテトミルクに火が着いたそうだ。ポテトは牛乳、アーモンドミルク、オーツミルク等の原料と比べると、場所を問わず栽培できるため効率的に土地活用が可能、また二酸化炭素排出量は牛乳に比べて75%も低く、水の使用量はアーモンドミルクに比べて56分の1で済むため環境負荷が低いそうだ。育てやすい食材のために持続的に栽培、製造できることも大きな特徴だという。

またスウェーデン産と言えば、私が日々愛飲していたオーツミルクのOatly(オートリー)発祥の地でもある。比較的新しいブランドと思われがちだが、実は30年以上前にルンド大学の教授によってオーツ麦をミルクにする方法が開発されて以来続いているブランドだ。オーツミルクの味はもちろんのことだが、Oatlyのすごいところは独自のブランディングや広告戦略にもある。彼らのクリエイティブチームはDepartment of Mind Control(マインド コントロール デパートメント)と呼ばれ、普通の食品会社では考えられないような数々のキャッチーなキャンペーンを打ち出してきた。中には現社長がオーツ麦畑のど真ん中でキーボードを弾いて、「Wow No Cow (ワオ、牛じゃないよ)」と繰り返し歌っているだけの動画があったり、製品の利点を親しみやすい口調で強調する簡潔なメッセージが必ずある。実際の商品に書かれているコピーや製品情報は冗長で機知に富み、意図的に生意気で誇張された言葉を使って彼らの製品がどれほど素晴らしいかを説明している。消費者にもより面白く伝わるような計らいがあるのも魅力のひとつである。色々と調べていく中で、30年前には、ラクトースアレルギーやビーガンの人以外には見向きもされなかった植物性ミルクが、ここ数年の間に飛躍を遂げ、次々と新しい種類のミルクを生み出している。日々の生活の選択肢を広げる人間の活動自体には常々感心させられるのだった。



本当の豊かさ

大豆、オーツ麦、アーモンド、米、さらにはポテトまでもミルクにしてしまう人類は、もはや牛乳の存在を忘れさせる勢いだが、牛乳を久しぶりに(お腹を下すのを承知の上で)飲んでみるとやはり美味しいのは紛れもない事実である。コーヒーやティーにそのまま入れても、ラテを作っても絶対的な安定感があるのは他とは比べ物にならない。実際に植物性ミルクブームとは反対に、牛乳が見直され、あえて牛乳を選ぶ人も増えてきているという記事まで目にした。そのGrub Streetの記事によると、より健康的で環境負荷が低いとマーケティングされてきた植物性ミルクの効能に対して、懐疑的な人たちも徐々に増えてきたことが著者の体験談の元書かれている。確かに、多くの植物性ミルクはあまり体にはよくないとされるキャノーラ油が入っていたり、添加物が配合されているので、その考えも分からなくもない。多くの場合、植物性ミルクの中には乳化剤として、油を入れることにより、なめらかでクリーミーな舌触りを再現しているのだ。一方で、世界の食料生産は温室効果ガスの発生源として総排出量の35%という驚異的な割合を占め、そのうちの8%は牛乳の生産によるということも科学的事実としてあるため、一概に牛乳か植物性ミルク、どちらが本当の意味で良いとは言い難い。

そこで今後人類は一体なんのミルクを飲んで行くのが最善なのかという問いになるが、個人的には牛乳も植物性ミルクもバランスよく、その人の生活スタイルや思想に合うものを選んで飲めばいいと思っている。ティーにはオーツミルクを入れ、料理には豆乳を使い、コーヒーには牛乳ということも今はできる恵まれた時代だ。もちろん、それぞれのミルクの環境負荷も知識として知っておくことは重要であるし、それを元に意識的に行動することは素晴らしい。牛乳の生産者や植物性ミルクの原料の農家も同様、どちらかを極端になくすのではなく、多種多様な選択肢の中でより視野を広く持ち、お互いの共存方法を見つけ出して行くのがいいのではないかと思う。これはミルクに限ったことではなく、人類にとっても言えることで、今LGBTQIA+も当たり前に耳にするように、世の中には様々な価値観が存在する。家族のあり方であったり、一個人としての生き方も多様化する中で、社会により多くの選択肢があるということこそ、本当の豊かさではないだろうか。

Others