文化のデザインと創作2022 08 05
外から見た日本
数年前の話だが、ファッションデザイナーのマルタン・マルジェラの映画「マルジェラと私たち」と「マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”」が何年かおきにリリースされたので観た。どちらも同じ人物、そしてブランドについてのドキュメンタリー映画であるが、違う視点から構成された映画はそれぞれ興味深かった。中でも、映画でマルジェラ本人がブランドの代名詞でもある足袋ブーツのアイディアの発端は東京の路上で見た地下足袋姿の作業員だったと語る場面は、日本人の自分にとって勝手に親近感が湧いた。日本人にとっての足袋とは、本来着物を着る時に履いたり、マルジェラ本人が見たであろう作業員の履く地下足袋のことで、ヒールを思いっきりつけようとはなかなか考えにくい。
大学時代に、夏休み明けの学校でオランダ人のクラスメートが日本に遊びに行ったというので、土産話で盛り上がっていた。日本で撮った写真を見せてと聞くと、とっさに見せてくれたのは、ニッカポッカを履いた土木のおじちゃんの後ろ姿の写真だった。彼女曰く、ニッカポッカの形に一目惚れしたから撮ったということだ。結果的に彼女は友達に頼み、ニッカポッカに似た形のパンツを作ってもらい愛用していた。他にも彼女が日本で撮った写真は、一体どこで見つけてきたのだろう、というものから、反対に日本人の私には当たり前すぎることに着目していて、こういう捉え方もあるのかと大変刺激を受けたのを覚えている。そして、マルジェラのドキュメンタリー映画を見た後に、自分にも学生時代にこんなことがあったなと、ふと思い出したのだった。マルジェラの足袋ブーツしかり、日本に住んでいると実感することは少ないが、外の世界から日本を見た時、実は多くのものやことに日本の文化、装飾やデザインなどが影響していることが分かる。
シャルル・フレジェの写真集 「Yokai No Shima」
多様なインスピレーション
アウトプットの方法は違うが、以前フランス人の写真家シャルル・フレジェが東京、銀座のメゾン・エルメスで開催していた「Yokai No Shima (ヨウカイノシマ)」という展示においても、日本の文化や装飾は多方面でクリエーションのインスピレーション源になっているのだなと思ったことがある。フレジェは2010年より民族衣装や、伝統衣装、習わし、儀式、祭礼のためのコスチュームをはじめとする世界各地の装束をシリーズで撮影し、それぞれの土地に潜む驚くべき多様な人間の営みを、人類学的、民俗学的にも興味深いポートレートとして収め続けてきた写真家だ。
彼のシリーズの一つにヨーロッパ各地の伝統的な祝祭の儀式に登場する“獣人(ワイルドマン)”と呼ばれる熊や山羊、悪魔や擬人的なキャラクターに仮装した奇抜で恐ろしくも滑稽なワイルドマンたちを捉えている『WILDER MANN』というシリーズがある。欧州全土に残る祝祭と日本の歳神文化にみられる共通点にフレジェは興味を持ち、2013から2015年にかけて、日本各地の58カ所を巡り、それぞれの土地の祭りで実際に使われる仮面や装束を撮影したそうだ。「Yokai No Shima (ヨウカイノシマ)」では、日本で撮影されたポートレートと『WILDER MANN』のシリーズが共にキュレーションされ、見応えのある展示だった。日本で撮影された作品には、秋田のナマハゲから獅子、鬼といった馴染みのあるものから、日本人でも見たことも聞いたこともないような奇妙な風貌のものまで、様々なポートレートが並んでいた。またポートレート自体は、祭りをその場で撮影しているわけではく、フレジェが決めた別の場所やシチュエーションで撮影され、祭りの文脈から切り離されていたのだが、これは日本の各地にはこれだけ珍しい装飾や衣装がある、ということをより際立たせる彼の工夫のようにも捉えられた。
アントワープ王立芸術アカデミー、ファッション科の卒業プロジェクトの一環として出版されている雑誌 「SHOW OFF」 第六回目の雑誌「SHOW OFF」にはシャルル・フレジェが生徒の作品を撮影しているエディトリアルが掲載されている
クリエーションの根本
日本の伝統文化、装飾からインスピレーションを受けているものや作品を例にあげたが、もちろん日本以外の全ての国の伝統文化や衣装に関しても同様のことが言える。これまた自分が学生をしていた時の話であるが、毎年行われるアントワープ王立芸術アカデミーのファッション科のファッションショーへ時間があれば、ロンドンからユーロスターに乗り、ベルギーのアントワープまで見に行っていた。アントワープ市内から割と距離がある大きな会場を貸し切って行われるショーは、学生がプロデュースしているとは言えども、毎回圧巻されるクオリティーであった。毎年1年生、2年生、3年生、大学院生という順に全ての生徒がショーに参加し、それぞれの生徒が作った服をランウェイで披露する。
その中でも特に面白かったのが、毎年決まって2年生の学生たちは、Historical Dress (歴史的衣装)というテーマで制作をすること。生徒は各々歴史上の人物を選び、その時代の典型的な衣装を決めて制作に励むのだ。最初の数ヶ月は、下着やアクセサリーの細部に至るまで衣装を再現し、最終的に当時の時代背景、文化、社会構造を深く掘り下げ、その時代の特徴的な生地、素材、柄、形などの膨大な量のリサーチを重ねて、ガーメントをデザインし作り上げる。このカリキュラムは、衣服の開発と構築を習得できる重要な授業であるとともに、歴史的衣装や民族衣装がいかに服作りの土台であるかを学べるそうだ。伝統文化や民族衣装などの人類の根源的な創作は現代のクリエーションの根本であり、インスピレーションになり続けると言えるからこそ、重きを置かれる学習なのがわかる。こうやってアントワープ王立芸術アカデミーの服飾学生たちは、培った知識とともに上の学年へと進むにつれ、それぞれのスタイルを確立していくようだ。
衣装や装飾に限らず、文化をどうデザインに応用していくかは非常に奥深いプロセスである。いかに自分のデザインに落とすかは、デザイナーの腕次第でもあるが、いいデザインの根底には文化への本質的な理解と多くの考察を伴う。デザインをしない身でも、背景や知識の引き出しを持つことで、ものやデザインの見方を養える人でありたいと思うのであった。