メガネとアイデンティティ
メガネとアイデンティティ2023 02 12

装飾品のメガネ

1年ほど前に、アメリカの歌手であり音楽プロデューサーのPharrell Williams (ファレル ウィリアムス)がTiffany&Co.(ティファニー)で自身がカスタムしたサングラスをかけてファッションショーの会場に現れたという記事をいくつも見たのを覚えている。そのサングラスは、18Kのイエローゴールド製で、レンズの周りに61個のラウンドブリリアントカット ダイヤモンドを散りばめた、なんとも贅沢な作りのサングラスだった。合計25カラット超のダイヤモンドに加えて、レンズ両端には2つのエメラルドも輝き、一度見たら忘れられない風貌だ。

サングラスの見た目のインパクトが話題になるだけと当初思われたが、多くのメディアがそのサングラスはムガール帝国時代のメガネフレームに酷似していると指摘し、さらに世間の話のネタとなった。そのメガネフレームは、17世紀に作られた非常に珍しいアンティーク品で、元々ムガール帝国で魔除けとして作られたものだった。エメラルドからカットされた真緑のレンズとダイヤのフレームでできていて、世界最古の美術品競売会社、Sotheby’s (サザビーズ)のオークションにも出品されていたものだそうだ。

アンティーク品のデザインをPharrell WilliamsとTiffany&Co.が模倣したという話はさておき、自分にとっては、機能的な要素を一切無視したメガネもこの世にはあるということが記事を読んだ後の一番の気づきだった。自分自身メガネを日々着用しているため、ないと生活ができないのだが、機能的なメガネの側面を気にしがちで、装飾品としてのメガネの存在を考えたことが今までなかった。



メガネの発展

そもそもメガネが昨今の形まで辿り着くまでには、修道士の存在が必要不可欠である。なぜならば、中世ヨーロッパでは読み書きは修道士が写本を書き写すことで伝承されていたからだ。目が悪くなると仕事ができなくなってしまう人々のために、光学レンズの使用が13世紀頃から始まり、その後のメガネの発展に繋がるのだ。それから時代と共に、本来の用途以外で使用する装飾品や嗜好品としてのメガネも作られるようになる。

The Betrayal of Judas, Chapelle Notre-Dame des Fontaines, France 1491
Eyewear A Visual History (2011)

中でも近代に入ってからの大きな転換期は、第二次世界大戦後であり、ファッションにより重きを置いたアイウェアが世の中に多く輩出されている。メガネを作る技術や素材の発展はもちろんのこと、人々は長く続いた戦争から解放されたことにより、形、色彩を中心に遊び心あるアイウェアが増えたそうだ。特に1960年代はファッション、アート、カルチャーの要素をうまく取り入れたクリエイティブなデザインが数々登場し、アイウェアはますます時代と共に洗練されていく。

Acetate onion shaped sunglasses, Renauld, United States, c. 1960s
Eyewear A Visual History (2011)
Coral zebra print sunglasses, Foster Grant, United States, c.1966
Eyewear A Visual History (2011)



メガネと人

真っ先にメガネと言われて思いつくのは、今年101歳になるアメリカ人インテリアデザイナー、実業家のIris Apfel(アイリス アプフェル)である。インテリアデザイン界の第一線で活躍した後、自身が所有するコスチューム ジュエリーを、本人自らの私服とともにスタイリングした展示が注目を浴び、スタイルアイコンとして多くの人に愛されている人物だ。そんなIris Apfelがよくつけている顔半分が隠れる程大きい黒縁メガネは、瞬時に彼女の存在を思い出させる。自分の顔の形に合うなら、眼鏡が素敵なアクセサリーになり得ると気づいて以来ずっとこの黒縁メガネをしているようで、トレードマークとしてかけている訳ではないとインタビューで答えているのを目にしたが、Iris Apfelがこのメガネなしで道を歩いていてもすぐには気づかないと思う。

Iris Arpfel at MIFF
Photo by MiamiFilmFestival on Wikipedia Commons

他にメガネと言われてアイコニックな人物と言えば、イギリス人ミュージシャンのElton John (エルトン ジョン)も忘れてはいけない。彼が着用するメガネは、彼の個性と同様に多様性に富んでおり、衣装の中心的な存在感がある。そもそも彼がメガネをかけ始めたのは、アメリカのロックンロール界のスーパースター、Buddy Holly (バディ・ホリー)へのオマージュだったそうで、元々目が悪くないのにメガネをかけ続けた結果、近視になり、結局必要に迫られ眼鏡をかけるようになったらしい。メガネをかけ始めた理由は想像以上にお茶目であるが、今では25000個以上のメガネを所有しているコレクターだ。メガネがないとエルトン ジョンとは言い難いほど、本人のアイデンティティになっている。

Elton John, 1974
Eyewear A Visual History (2011)



メガネと印象

映画に登場したり、有名人が着用するとなおさらだが、存在自体は小さくともメガネは思っている以上に人間に強い印象を残す。そしてメガネは人の印象を決める重要なツールでもあると思う。もちろん、目が見えにくい人のためにあるからこそ、機能的な役割を果たすが、それ以上にファッションや自己表現の側面を担うアイテムである。

現代ではメガネをかける人以上に、コンタクトレンズを愛用したり、レーシックの手術を受ける人も多く、メガネの代用品の選択肢は増えている。しかし、メガネは顔につけることもあり、着用する人の印象を大きく左右するため、反対にコンタクトレンズなどの単なる代用品とは言い難い。メガネは視力を補うという役割を超え、ファッションアイテムのようにTPOに合わせてコーディネートしたり、嗜好品のように所有欲をも満たすものとなっている。素材や形、装飾、職人の技術などのこだわりのつまったメガネは、まるでジュエリーのように嗜むことができるとも言える上、自身もメガネを日々つける者として、より自分らしさを引き出すことに繋がれば良いと思った。

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