美味しそうな石
美味しそうな石2023 03 10

食べられそうで、食べられない

台湾に行ったことがある人は、台北市内の博物館の国立故宮博物院に行く機会があったかもしれない。意外と知られていないが、この博物館は中華民国最大の国立博物館であり、私自身も以前台湾に旅行した際に、必ず行くべきと勧められて足を運んだのだった。中でも必ず「翠玉白菜(すいぎょくはくさい)」と「肉形石(にくがたいせき)」は見た方がいいと教えられ、特に下調べもせず言われるがままに博物館に向かった。

平日にもかかわらず大勢の人が訪れ、さすが収蔵品の多さを誇る博物館だと関心していたのだが、博物館の一角を過ぎた途端、ある展示台に人が集中していた。まるでルーブル美術館のモナリザの絵を一目見ようと集まっている人々のように、「翠玉白菜」と「肉形石」の周りを人が囲っていたのだ。人の多さに圧倒されつつも、展示台の近くに辿り着くと、そこには自分の想像より遥かに小さい白菜と豚の角煮そっくりの石でできた美術品が展示されていた。その小ささとは裏腹に、石のリアルな色や質感に不思議と見入ってしまい、人混みをかき分けてでも一目見れてよかったと思わせてくれる美しさだった。

台北市内の博物館の国立故宮博物院に飾られている「翠玉白菜」
Photo by Peellden on Wikipedia Commons

博物館に行った後から知ったのだが、「翠玉白菜」と「肉形石」は、台北の国立故宮博物院に展示されている収蔵品の中でも最も有名な展示物で、博物館を訪れる人はこれを見るために来る人たちもいるというほどらしい。元々「翠玉白菜」は清朝の光緒帝の瑾妃の宮殿である中国北京の故宮内の永和宮に陳列されていた品と言われ、瑾妃の嫁入り道具と伝えられている。全長わずか約19cm、幅9cmの白菜は白と緑が自然と組み合わさった部分を巧みに使い、彫り上げられている。その白さは純潔さを象徴し、よく見ると緑の葉の上にとまっているキリギリスは子孫繁栄を意味する。キリギリスは漢字で「螽斯」と書き、群集して数多く産卵することから漢字自体に子孫が繁栄するという意味もあるそうだ。見た目は白菜にしか見えないのに、込められた意味の奥の深さとのギャップが興味深い。

豚の角煮そっくりの「肉形石」
Photo by Gary Todd on Wikipedia Commons

一方で「肉形石」は、清朝の雍正帝の宮殿の養心殿の三希堂に陳列されていたものだ。「翠玉白菜」より更に小さい全長約6cm、幅6.5cm程の石は、豚の角煮にそっくりだ。この石は玉髄類の一種である碧石(へきぎょく)で作られており、大自然の中で長い年月の積み重ねと共に、異なった時間、各種雑多な物質の影響や生成の色の違いにより、一層一層異なった色が形成されている。この模様を生かして、上から下へと色の濃淡を変えて職人によって染められ、醤油で煮込まれた豚肉のような色艶が表現されているのだ。硬い石材でできているのに、柔らかいゼラチン質のプルプルの肉の脂身のように見えるのはお見事である。



石のご馳走

「翠玉白菜」と「肉形石」は多くの人に知られる歴史的な美術品だが、食べ物に似た石を世界中からかき集めたRock Food Table (ロック フード テーブル)という、想像力を掻き立てられるとても面白いプロジェクトもある。アメリカ、テキサス州でPattolli(パトリ)夫妻が立ち上げたRock Food Tableはその名の通り「石の食卓」だが、細部へのこだわりが垣間見える世界に一つしかない特別な食卓だ。

本物のダイニングのようにずらっと食べ物の形をした石が並ぶ
Image Courtesy of East Texas Gem and Mineral Society
Image Courtesy of East Texas Gem and Mineral Society

Rock Food Tableの始まりは、オレゴン州ポートランドで開催された宝石展のGem and Mineral Show(ジェム アンド ミネラル ショー)に夫妻が休暇で訪れた際、ロールケーキやパイなどのように見える「石のお菓子」の展示を目にしたことがきっかけとなる。ポートランド滞在中、2人はこの光景を特に気には留めなかったが、住むテキサスに戻ると、自らも食べ物のように見える石をいくつか所有していることに気づき、食品に見立てた石や鉱物を並べて展示したテーブルを作ってみたいと思い立ち始まったそうだ。

その後、彼らはテキサス州のガルフコースト宝石鉱物協会の会員たちに、協会で毎年1回行われる宝石展でテーブルを展示したいことを呼びかけ、食べ物の形をした石を持参してもらい、初めてのRock Food Tableが1983年に誕生した。初の展示は反響を呼び、翌年からはさらに多くの会員の協力の元、2013年まで毎年欠かさず展示が行われ、特別展として他の州でも展示が開催された。

Image Courtesy of East Texas Gem and Mineral Society Image Courtesy of East Texas Gem and Mineral Society

展示された食べ物にそっくりの石の中には、表現したい食べ物に似せるために染色したものもあったそうだが、ほとんどが自然の状態のものだ。植物の化石の一種である珪化木(けいかぼく)でできた巨大なステーキや、アパッチ ティアーズ(黒曜石)と呼ばれる黒い小石からできたプルーン、藍銅鉱(らんどうこう)という鉱物でできたブルーベリーなど、様々な種類の石が並べられ、石の収集家たちにより、世界中で集めれたものがテーブルを彩った。現在は残念ながら以前のように毎年展示されていないが、East Texas Gem & Mineral Societyというテキサス州にある非営利団体によって、この石のご馳走は保管管理されている。

Rock Food TableのPattoli夫妻の言葉で一番印象的だったのが 「険しい顔で展示を見にきても、楽しそうに帰っていく。展示に参加された人が楽しんでくださることが喜び。」と言っていたことだ。大好きな石への愛情と探究心が根底にあるからこそ、豊かな発想ができると思う。石や鉱物のことを若い世代の人へ向けて積極的に紹介していた彼らの姿勢もとても見習いたいものだ。見ていて楽しいだけでなく、きちんと人々の学びに繋げること、そして素材について興味を持つきっかけ作りという観点からも、大切なことを教えてくれる美味しそうな石たちなのだった。

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