日本髪と造形美
日本髪と造形美2022 09 16

相撲と髷

相撲も九月場所が今週から両国国技館で始まったというニュースを目にした。個人的にはあまりゆかりはないが、少し前に機会に恵まれ、とある力士の断髪式のチケットをもらったので小学生ぶりに相撲を見に行った。国技館には幅広い年齢層の相撲ファンが押し寄せ、力士の断髪前の姿を一目見ようと人が群がっているのを目の当たりにし、根強い相撲の人気に圧倒された。断髪式は公式戦とは違い、試合はあるが和やかな雰囲気で行われ、その後に力士が土俵の中央に座り、関係者一同が少しずつ断髪していく段取りだ。その日は計400人程の関係者が集まり、一人一人力士の長い髪を大きなハサミで少しずつ切っていた。

人によって髪の伸びるスピードは違うが、平均で入門してから髷を結えるようになるには約一年くらいはかかるらしい。また位が十両以上の力士が結うことができる髷は「大銀杏(おおいちょう)」と呼ばれ、髷の先端が大きな銀杏の葉のかたちに似ていることから名づけられているそうだ。よく見ると髷が折り返された先端も銀杏の葉状に広がっていて、折り返したことによって生まれたなだらかな曲線やたわみが美しい。日本では四季折々の植物や生物、自然の風景が古くから美術や文学などの芸術の主要なテーマにされるが、銀杏は神木として祭られる事が多い。また、その葉は扇型に大きく広がり、長生きすることから銀杏は長寿のシンボルとされ、縁起も良い。



日本髪の発展

力士の髷(まげ)は明治維新の断髪令の際に唯一断髪を免れた、今もなお力士たちが日常的に結っている日本の伝統的な髪型であるが、江戸時代は特に伝統的な日本髪の髪型史上、最も華やかな時代だったそうだ。何故ならば、他の時代に比べて治世が安定したことにより、経済と文化が発展したことが大きい。平安時代から室町時代までの約700年間は、源氏物語に登場する貴族女性の髪型のように、長い髪を後ろに垂らした「垂髪(すいはつ)」が女性の定番の髪型だった。しかし、貴族社会から武家社会へと時代が変わり、戦乱の世となると、より実用的で生活を重視したため、女性も髪を束ねて結うようになる。そして、江戸に時代が変わる頃から、徐々に頭上に結った髪を折り曲げて髷にし、「唐輪髷(からわまげ)」という髪型を遊女や女歌舞伎が始めたことで、日本髪の原型が作られるのである。ただし、垂髪から結髪に時代と共に変わっても、変わらないことは、日本人の黒い長い髪こそ美しい、という美意識であり、垂髪が黒髪の素の美しさを主張しているとすれば、日本髪は形を作り込むことで黒髪の美しさを際立たせた造形美と言えるのではないか。



日本独特の形

当時江戸時代は身分社会だったため、職業や未既婚など、誰がその髷を結うのかも異なり、人々は結髪の種類をみればある程度その女性の身分について分かったそうだ。髪型や装いはとても直接的な表現であるが、間接的に自分自身のことを相手に伝えるツールでもあったと言えよう。中でも極めて分かりやすいのが、江戸時代の上級遊女である花魁の髪型だ。上品な華やかさとは異なり、豪華さがある花魁たちにとって着飾ることは、格付けやステータスの高さを表現するための手段でもある。花魁たちの髪型は一般的な髷から発展し、横に上にと髷が大きくなっていくが、髪型だけを見ると、羽を広げた蝶のような形をしていて、決して突飛で人工的な形ではなく、有機的な丸みがある。簪などの装飾品を使うことにより、煌びやかに見えるが、あくまでも着物という装いにも馴染む造形美である。

江戸の浮世絵師 喜多川歌麿による花魁の浮世絵『青楼七小町』
Photo by Metropolitan Museum of Art on Wikimedia Commons
書籍「明治少女節用」で明治の女性たちの日本髪の種類を紹介しているページ
明治少女節用 巌谷小波 等編

相撲力士や花魁の髪型に共通することだが、長く伸ばした地毛で髷を結っていたと思うと、日本の独特の造形美が髪型にも現れているのだなと思うのだった。例えば日本の盆栽であったり、日本建築の曲線の一つであるてりむくりなどにも伺えるが、日本の造形は自然を尊重し、あるものでどう美しく生かすかがとても大切になる。日本髪がゆったりとした曲線を描いているのも、自然を生かす美学が働いているのかもしれない。一方で、同じ時代の西洋諸国においても、女性が一般的に着ていたであろうドレスに合わせた髪型文化はあったが、技巧的なものはかつらが多くを締める。マリー・アントワネットの髪型は想像しやすいだろうが、豪華に高くボリュームある髪型は全て作り物だ。そのため、西洋の髪型は人工的で、人がいかに理想とした形を再現している髪型が多いと感じる。特にカールを巧みに使用して造形している西洋の髪型は、技術的な面もあるが、当時の日本人の発想にはなかなか出てこないような気がした。

Photo via Judge Florentino Floro on Wikimedia Commons 山梨県甲府にある武田神社のてりむくり
Photo via Fg2 on Wikimedia Commons

常に自分の髪型が乱れないように気をつけて生活したり、日本髪は昔の日本人の忍耐の賜物でもあるが、想像しただけで大変そうである。ただ、時代と共に髪型の歴史がある中で、様々な生活様式や美的感覚が髪型にも影響することは大変興味深く、この後の世の中にどんな新しい髪型が生まれてくるのかも楽しみになった。