キノコの可能性
キノコの可能性2022 08 19

菌類の認知度

キノコは菌類という生物群であり、現代においては動物や植物とは別の世界に分類されるそうだ。2019年にアメリカで公開された『素晴らしき、きのこの世界』という映画を最近ようやく見たことがきっかけで、実はキノコは植物でも動物でもないということを知った。映画冒頭の「地球に命をもたらす、目に見えないけど、あなたのすぐそばにいる。あちこちに存在する。」という、一体なんだ?と興味をそそられるナレーションに吸い込まれ、気づいたらあっと言う間に見終わっていた。

映画では、菌類学者の権威とも言えるポール・スタメッツやアメリカの食品産業に潜む問題点に切り込んだフード・ドキュメンタリー『フード・インク』にも出演したジャーナリストのマイケル・ポーランなどの様々な専門家が登場し、菌類の地球上の様々な問題への応用や可能性が期待されていることがテンポよく紹介されてる。地球の生態系にとって重要であり、医療、食品、そしてマテリアルの分野で画期的な革命を起こす可能性があるにもかかわらず、未だ約90%の菌類は未登録であり、その効能についても全く社会に浸透していないらしい。キノコの知られざる生態や無限の可能性について描くこの映画は、キノコのイメージがガラッと変わって見えるユニークな作品である。



キノコのバイオレザー

この映画から着想を得て、ファッションブランド、ステラ マッカートニーの2022年春夏コレクションのテーマはキノコ、菌類であったことも話題になった。映画の中でも語られているが、菌類は様々な症状を治療する薬になったり、水を利用する水道や農業、水産業などに大きな影響を及ぼすガソリンや石油製品等から海や河川に流出する油の分解も助ける。病気や気候変動と戦うための自然のツールとして活躍する可能性を秘めているのだ。この驚異の生物が持つ希望を、ファッションだけでなく、地球の未来として、コレクションで表現しているそうだ。

キノコから枝分かれする菌糸体の構造
Courtesy of Bolt Threads

キノコの多くは菌糸体という、それぞれ同一の構造を持つ菌糸からなり、枝分かれしながら集団として生息する。ステラ マッカートニーはバイオテクノロジー企業Bolt Threadsと提携し、マッシュルームの菌糸体から生まれたバイオレザー、Mylo™(マイロ)をコレクションに使用した。マッシュルームからできたレザーと言われても想像し難いが、菌糸体の微細な繊維で、柔らかな手触りと上質感のある風合いがでるという。またMyloは加工によって柔軟性を持たせることが可能なため、さまざまな製品に利用できる高い汎用性も持ち合わせているそうだ。元となる菌糸体の生育に必要なものは、水と空気とマルチング材(菌糸体の生育時に培地の表面を覆うもの)のみ、また2週間程の短い期間で生育できるため、安定した供給も見込まれているという。レザーのようなリアルな質感でありながら、合成レザーのように環境不可の高いポリアミド・ポリウレタンなどの合成樹脂(プラスチック)を使用しない画期的な素材である。石油を原料とするプラスチックは分解されるまでに長い年月(約400年)がかかり、ほとんどのプラスチックはリサイクルされずに、ゴミとして埋められるか、焼却処分される。そのため、海に流れ込むプラスチックが海の生態系に日々深刻な影響を与えている。バイオレザーの台頭は、石油由来の製品を減らし、世界の温室効果ガス排出量の約14.5%を占め、重要な生態系破壊の原因のひとつとなった畜産業から地球の環境を守ることに繋がり、今後さらに多くの活用が期待されている。

Courtesy of Bolt Threads ステラ マッカートニー SS22コレクションで発表された菌糸体から作られた素材を用いたバッグ「フレイム マイロ™ (Frayme Mylo™)」Frayme Mylo™
Courtesy of Stella McCartney



変化の兆候

ファッションブランドの中でもステラ マッカートニーのように、レザーやファーをはじめ動物実験廃止に積極的に取り組み、ものづくりをする上で明確な​​サステナビリティのビジョンを持っているブランドがレザー代替素材を取り入れるのはすんなりと理解ができる。しかし、ラグジュアリーブランドの中でも上質な革製品に定評があるエルメスもアメリカ・カルフォルニア州に拠点を置くバイオテクノロジーのスタートアップ企業MycoWorks(マイコワークス)とブランド初となるバイオレザーのバッグを手がけているようだ。エルメスとMycoworksが共同で3年の歳月をかけて創り上げたのは、カーフスキンの代わりとなるSylvania(シルバニア)という素材。出来上がったSylvaniaにエルメスの皮なめし職人が仕上げを行い、バイオレザーの強度と耐久性をさらに高めてから、職人によって工房内でバッグが成形されるという。エルメスは伝統的な革製品をバイオレザーに置き換えるつもりはないと述べているが、本来、牛革の生産で成り立っているブランドが、バッグにキノコでできた革を検討していることは、ラグジュアリー業界全体が広く変化し始める兆しとも捉えられる。

エルメス本来の製品のように、本革を使うことの利点は非常に耐久性が高く、一生(またはそれ以上)の着用に耐えられるということでもあり、メンテナンスをして長い間ものを大事に使うということは言い換えてみると究極にサステナブルであるが、この革新的なバイオレザーの発明は、新しさを求める顧客にとっても、地球にいいものは自分にとってもいいことをより認知、普及することができる。代替素材は、今後ファッション業界で当たり前のようにエシカルかつサステナブルであることが標準的な習慣として定着することの大きな一歩であり、単純に人々の想像を覆す面白い素材と言える。

バイオレザーにおいてもサボテンからできているものや炭素をアップサイクルしたインクなど、様々な代替素材が技術の進化と共に出てきているので、また次の機会に。