アニ・アルバースの素材と表現
アニ・アルバースの素材と表現2023 05 08

Bauhaus(バウハウス)と聞いて、名前を耳にしたことはあってもそれが一体何なのか答えられる人は意外と少ないのではないだろうか。それは1919年、当時のドイツ、ワイマール共和国にモダニズムを代表する建築家Walter Groupius (ヴァルター・グロピウス)により設立された芸術学校のことを指す。余計な装飾を排除し、シンプルで合理的な美しさを追求した、言わばモダンデザインの基礎を作り上げた学校だ。その時代を代表する多くの芸術家たちが講師として招かれ、バウハウスは、美術、デザイン、工芸、建築といった造形に関するさまざまな教育が行われる場所だった。

バウハウス デッサウ校舎
Photo by Gunnar Klack on Wikipedia Commons

前回の記事で取り上げたオランダのDe Steijl (デ・ステイル)という新造形主義に基づく造形運動にも影響を受け、設立後バウハウスはより合理主義的且つ機能主義的な考え方を取り入れていく。実際に学校として存在したのは、1933年にヒトラー率いるナチスからの圧力により解散に追い込まれるまでのたったの14年間だったが、他に類を見ない先進的な活動は芸術のあらゆる分野に大きな影響を与え、その実験的で挑戦的な試みにより近代デザイン成立の上で大きな役割を果たす。

バウハウスのテキスタイル専攻の学生たちの集合写真 (1928)
アニ・アルバースは下段の左から2番目 / 写真集 「Anni Albers」より

このような背景から、Bauhausを卒業した数多くの人は芸術家や建築家などのイメージが未だ強いが、校内にはテキスタイルを専攻する学生のためのアトリエがあり、著名なテキスタイルデザイナーたちも輩出している。中でも1922年にバウハウスに入学し、テキスタイルデザインのパイオニアとも言えるAnni Albers (アニ・アルバース)は、織物を軸に独自の作風を追求し、新しいテキスタイルデザインの概念を生み出した一人だ。ドイツ、ベルリンで家具メーカーを経営する親の元に生まれ、幼少期から絵画を勉強し、身近だった芸術の分野で後に活躍するのは、アニにとってはごく自然な流れだったのかもしれない。

Design for wallhanging (1926)
タペストリーのデザイン画 / 写真集 「Anni Albers」より
Black White Yellow (1926) / Cotton & Silk
写真集 「Anni Albers」より

アニは織物やタペストリーを中心とした作品を世に残しているが、初期の作品は特にバウハウス教育の影響が強くみられ、素材と構造を軸とした、少ない色数で垂直水平に走るヨコ糸とタテ糸との関係から導かれるシンプルなデザインが圧倒的に多い。そのシンプルなデザインを実現するために、紋紙(ジャカード織機で図柄を織るために用いられる型紙)を作る作業も簡潔でより間違えにくい仕様のものを採用しているほど、この方法はアニの作品において見受けられる一貫した特徴であり、素材の特性と潜在的な構造をテキスタイルに活かすことをいかに重要視しているかが伝わってくる。

また作品全体において言えることだが、彼女のものづくりの発想はどれもシンプルでありながら、どこか素朴でオリジナリティが垣間見れるのが魅力だ。自然の中で拾ったものを活用したり、素材をねじってみたりなど、細やかな点ではあるが、それが味となり作品に活かされている。単純な手の動き一つで、マテリアルやテキスタイルの表現は大きく変えることができるということは、アニが長年論じたことでもある。

トウモロコシの実を並べて制作された模様
写真集 「Anni Albers」より
紙をねじって筒状にして制作された模様
写真集 「Anni Albers」より

織物やタペストリーのイメージがどうしてもアニには強いが、アニがブラック・マウンテン・カレッジの学生であったAlexander Leed (アレクサンダー・リード)と共に制作したネックレスの数々も、彼女のものづくりへの信念を体現している作品の一部だと思う。どのネックレスにも日用品が使われ、シンプルにリボンで留められていたり、ビーズのようにヘアピンやコルクに糸が通してあるだけのいたってシンプルな発想にも関わらず、素材の使い方や組み合わせ方など、随所にセンスが感じられる。このネックレスが作られた1940年は、多くの材料が不足していた第二次世界大戦真っ只中でもあり、アニはどこでも手に入る質素なパーツを使って、存在感あるジュエリーを作る方法を考案した。

Anni Albers and Alexander Reed Necklace / Washers on orange grosgrain ribbon (1940)
写真集 「Anni Albers」より
Anni Albers and Alexander Reed Necklace / Corks and bobby pins on thread (1940)
写真集 「Anni Albers」より
Anni Albers and Alexander Reed Necklace / Bobby pins on metal plated chain (1940)
写真集 「Anni Albers」より

ブラック・マウンテン・カレッジ在籍中には、アニは夫のヨーゼフと共に中南米の古代文明への関心と知識を深め、布や文化工芸品を多く収集するほどのコレクターとしても活動を始める。バウハウスでは学ぶことのなかった中南米に伝わる織物の伝統技法なども巧みに取り入れていくのだが、その新しい土地でのインスピレーションを柔軟に取り入れるスタンスも、彼女の独自のスタイルの確立と作品の幅を広げることにも繋がっていたはずだ。

Eclat - Navy (1976-9) / Silkscreen on cotton and linen
アニ・アルバースがKnollテキスタイル用にデザインしたテキスタイルサンプル / 写真集 「Anni Albers」より

戦後の1949年には、MoMA(ニューヨーク現代美術館)でテキスタイルアーティストとして史上初めての個展を開催し、商業的なプロジェクトに参加していくことで徐々に世に知られる機会も多くなるが、彼女の根本にある信念は揺るぎなく作品に反映されている。それは素材とものごとの本質や、新しいものを受け入れられる理解力であり、時代は違えども今もなお、気づかされることが多い。まだ日本では知名度が高いアーティストではないが、いつか日本でもアニ・アルバースの展示を見てみたい。

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