メンタルヘルスとセルフケアの話
メンタルヘルスとセルフケアの話2023 02 28

自分を受け入れること

「カウンセリングのできるセラピストを探しています。いい方がいたら紹介してください。」という知り合いのSNSのとある投稿を最近見て、ふと色々な思いが巡った。私自身もイギリスで学生をしていた頃、割と大きな悩みに直面したことがあり、幸いにも無料で学内のセラピストのカウンセリングを受けることができたので、一時期定期的に通ったことがある。家族や友人など、私のことをよく知る人でなく、全くの他人に第三者目線で相談に乗ってもらうため、最初あまり期待せずに行ったのを覚えている。しかし、カウンセリングのセッションで自分の悩みをセラピストに聞いてもらい、それに対して質問を受けたり、助言してもらうことで、頭の中で考えるだけでは取り止めのなかったものごとが整理されていく感覚があった。人間は言語化すると、ふわふわしていたものに形が宿り、ようやく自分の中で消化できるようになっていくのだなとその時強く感じ、より自分という人間への理解が深まった。そしてこれがセルフケアの一環であると言われることが、その時腑に落ちたのだった。

必ずしも全ての人にカウンセリングが効果的だと言いたい訳ではないが、こうやって悩みの要因が消化されずストレスが溜まりすぎると、眠れなくなったり、やる気が一切出なくなったりなど、様々な症状が心身共に引き起こされるのだと思う。その当時、今ほどメンタルヘルスやウェルネスは日頃から聞く言葉ではなかったが、自分自身の周りにもカウンセリングを日頃から利用している人たちが一定数いた。例えば、私の当時の同居人は、色々とカウンセリングを試しては自分に合うセラピストを見つけていて、美容院やネイルサロンに行く感覚と言ったら少し語弊があるが、生活をする上で必要なケアをする感覚でカウンセリングを捉えている人は海外では多くいる。

一方で、カウンセリングの文化は日本ではまだ当たり前に普及している訳ではないが、最近徐々にメンタルヘルスの重要さが見直されはじめている。ファッション誌でセルフケアやセルフラブというキーワードで特集が組まれることや、それらをテーマとしたイベントも多く開催され、先進国のなかでも欧米に比べ大きく遅れているといわれる日本のメンタルヘルスを取り巻く環境も変わりつつある。しかし、現代社会においてなぜ自分自身に対してのケア、そしてありのままの自分を受け入れる=愛することがこんなにも求められているのだろう。

書店の一棚を占める数多くのメンタルヘルスの書籍。
「弱さを抱きしめる」「それでいい」など、そのままの自分を肯定してくれそうな本が並んでいる。



現代とメンタルヘルス

もっと上手になるはず、もっと頭がよくなるはず、もっと強くなれるはずなど、あげていくときりがないが、人々は幼い頃から周りの期待や圧力と隣り合わせであることがメンタルヘルスが脅かされる原因の一つとしてあると思う。また多くの場合、そのプレッシャーをかける側もプレッシャーを与えようと思っている訳ではない。色々な期待に人は応えようとして、知らず知らずのうちに自分の中に抱え込み、自分のことを他人と比べてしまいがちだ。特にSNSが盛んな現代において、より色々な世界と人とオンライン上でいい意味でも悪い意味でも繋がれるようになったことで、それは加速する一方だ。

また大きな原因として、近年世界がかつてない速さで変化していることもある。政治、環境、テクノロジーなど色々な分野において日々ニュースが飛び交っている。特に最近は戦争が始まり、既に3年前の話にはなるが、コロナのパンデミックで世界中が未曾有の状況に直面し、世界中の人々の生活も一変した。また性差別、人種的不平等をめぐっても、全てが不安定な基盤の上にある今、人々が自己不信に陥り、自己価値を疑問視するのは当然のことである。だからこそ、自分がどんな存在になりたいかを考える前に、まずは自分自身を知り、大切にしているものごとの軸をしっかり持つことがより重要な社会になってきたとも言える。このような背景から、メンタルケアがもより個人にとって必要不可欠になっている上、以前まで社会にあった精神の病に対するスティグマが少しずつ解消され、タブー視されていたメンタルヘルスの話題をオープンに共有できる社会へと変わり始めていることも変化要因なのだろう。



普通に話せる場

以前あるインタビュー記事でElyse Fox(エリーズ フォックス)というアメリカ人女性の存在を知った。2016年、Elyseは短編映画「Conversations With Friends(友達との会話)」を発表、自身のうつ病との生活、虐待からの脱却、自殺未遂のことなどを記録したそのドキュメンタリー映像をオンラインで公開した。それにより、多くの若い女性たちから自分の精神状態に対処する方法についてアドバイスを求めるメッセージを世界中から受け取るようになったという。交流の中で、彼女たちがどんな助けを求めているのかを知り、単純に友達を求めている子もいれば、治療についてのアドバイスを求めている子もいたそうだ。また、カウンセリングに行くことはお金がかかるからいけないという子たちを多く目にしたそうだ。

多くの女性たちが孤独を感じていることに対して、彼女は女性たちがメンタルヘルスについて安心して話し合えるコミュニティを作るためにも、Sad Girls Club (サッド ガールズ クラブ)というメンタルヘルスに苦しむ女性が誰でも参加できる非営利団体を立ち上げる。Sad Girls Clubでは、メンバーになった女性は無料で専門家のグループセッションを受けられたり、コロナが流行する前は、毎月コミュニティのメンバーで詩を読む会、映画上映会、刺繍のワークショップなどの対面式イベントが行われた。参加者は自分の心の問題について講義する必要はなく、様々な方法でセラピーの会話にアプローチするプログラムによりオープンに話せる場を提供され、同じ状況下にいる女性を繋げるプラットフォームになった。ポストコロナの現在はZoomを使い、今もなおバーチャルでもこのようなセッションが行われている。

またSad Girls Clubのウェブサイトを見てみると分かるが、とてもポジティブで親近感あるデザインは、こんなコミュニティに参加したいと思わせてくれる。もちろん団体の理念や思想が一番に重要であるが、参加する人の立場のことを考えると、シリアスな文面やデザインよりも圧倒的に内容に興味が湧く。より多くの女性に共感、理解してもらうためにも、このようなアプローチも改めて重要だ。

カウンセリングという概念に捉われず、様々なアクティビティが行われる。

中でも印象的だったのが、創設者のElyseが「私はただ、それをもっと普通に話せるようにしたいのです。」と言っていたことである。自分自身の心の健康に少しでも疑問を持った時に、隠すのではなく、普通に話せる場や理解してくれる人々がいるということが何よりも大切だとこのコミュニティの存在を通して思った。このようなプラットフォームの誕生により、カウンセリングを受けることへの心理的ハードルが下がり、体調やメンタルに関する知識が得やすくなることはもちろん、コミュニティの中で、自分だけでなく他人の痛みや悲しみにも目を向け、共感しあえる仕組みはとても画期的だ。これまで個人的なものとされてきたメンタルヘルスの問題が共有されることで、その背景に存在していた社会的な問題が浮き彫りになることもある。痛みや悲しみを通じて繋がり合うことで、よりよい未来をつくるためのポジティブなムーブメントや、新たなカルチャーが生まれていくことは非常に魅力的だと感じる。

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